葛飾北斎の墓☆
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江戸東京博物館で現在開催中の浮世絵の展覧会を観てまいりました。
今回は、気楽に、中盤あたりに展示してある清長の4点を人波を気にしながらじっくりみることができれば、あとは15点ほどある春信をさらりと見れれば特に思い残すことはないのではないでしょうか、というのが率直な感想です。
過去にもっと名品が来たこともあったのであろうとは思いますが、それにしても・・・と思える内容でございました。
ごっそりと、海を渡らなかった名品の数々が大量に、かの地には眠っていることでしょう。
板橋区立美術館とペアにして、同じ日に訪ねたので、救われました。
これから参られる方は、他に楽しい御用事も兼ねた御予定にして、訪ねられるのがよろしいかと存じます。
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先日、板橋区立美術館で、北斎の肉筆画展を観て来ました。
以前ブログにも書いた『拷問図』もラインナップしていて感激でした。。
いつか、一揃え6枚の屏風の絵を揃った状態で見たいなと思いました。
しかし残念ながら一部、どこにあるかわからないそうです。
今回は、うち2枚を見ることが出来ました。
それから、千鳥図で、二羽の千鳥の嘴と足がからんで「卍」を作っていて、その絵のサインにはわざと「卍」を抜いてあったのは、いかにも北斎らしく印象に残りました。
またその他に、なんともいえない巧みさで表現された美人画、そして、勢いのある狐狸図などは忘れられません。
そして、これらが、150年以上経過した今も、しっかり残っていることに感謝です。。
(2008.10.16)
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小布施では、北斎先生の足跡をたどりながら、いろいろな出会いがございました。
その一つが、<ルバーブとチェリーのパイ>です。
今回の旅では、高井鴻山記念館前で、いろんな指示が飛んできました。
そのときは、町の名士のお一人であろう、御年85歳の岩崎氏と遭遇。
彼は、今でも、毎日夜明け前から起き出し、本格的なパイを30個作っているそうです。
中でも、ルバーブとチェリーのパイは、お薦め、ということでした。
「ルバーブって、なんだろ?」と、初めて聞く音に衝撃を受けたので、早速、買って帰りたくなりました。
「今日は、もうないかもしれないから、買いに行かなくてもいいよ。」という言葉を聞き流して、「無くても、他に何かあるものをいただくので、お店に寄らせていただきます。」と、いそいそと立ち上がりました。
実は、前日に、<杏ジャムパン>なるものを通りすがりにゲットしたお店が、彼のお店だったのです。
パンがとてもおいしかったので、「お店の名前は何だったかな?」と、捨てずに持っていたパンの包みについていたシールで、お店の名前を確認していて覚えていたのです。
それで、彼がパンのお店の人だと聞いた時、「岩崎さんですか?」と、まるで知っているように言えたし、杏のジャムパンを作るくらいだから、何かが違うお店だと、すぐにピンと来たのです。
このパイは、かつて小布施町の新生病院の看護婦さんだったイギリス人の方に、作り方を教わり、作リ続けているのだそうです。
ラッキーにも、1枚だけ<ルバーブとチェリーのパイ>がございまして、帰宅後、ゆっくりと味わいました。絶品でございました。
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はてさて、小布施町ではどんな北斎に出会えるのかなとワクワクした気持ちで、出かけました。
まずは、天井画で知られる、岩松院さんを訪ねました。
完璧に残っている力強い様に、しばし呆然。
タイムスリップしたような軽い衝撃を感じます。
絵の具や逗留に関することなど、全てにわたってサポートしてくれたのは、天井画の依頼主の高井鴻山。
次に、北斎館の山車の天井画4点を見に行きました。
間近で見れるのは、2点のみでしたが、本題ももちろんとても素晴らしいのですが、また、その枠に描かれているものが圧巻です。
まるでボッチチェリを思わせるような西洋画風の小粋さ。いや、遥かにそれらを凌いでいるようにさえ思えます。鮮やかでおしゃれなきりっと引き締まった筆致と色彩。
四角は、万華鏡にヒントを得たのでは、と感じられるような不思議な模様が入っていました。
それにしても、これらが衰えることなく、鮮やかに残っている事に、深い感謝の念がこみ上げてまいります。
これが、色褪せていたのでは、北斎の本当の力量が伝わらないだろうと思うからです。
しかしまた、逆にこのようにしっかり残っていること自体も、北斎の力量なのかもしれません。
彼の中には、何を描いていても、いつも森羅万象、まさしく宇宙と言えるものが深く感じられます。
そしてまた、その中に、<隠し絵>と呼ばれる、ちょっとした遊びも含まれていて、未来の人々へのメッセージまでもが彼の中にはあったのだと、その全貌を未だ明らかにされることがない北斎先生への尊敬と思慕の念が溢れてくるのでございます。
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さてさて、名古屋市美術館の北斎展も、今月23日までとなりました。
検索で訪れてくださる方も多くなりましたので、
絶品の屏風『松下群雀図屏風』の秘密を書いてみたいと思います。
これには、たくさんの雀が描かれております。。
しかしどうみても、全て、同じ雀であります。。
「え、どれも同じ雀じゃないの?」ってことにお気づきのあなたは、
そこから、じ~っと、屏風を眺めることを続けましょう。。
いかがですか?
今度は、何に気付きましたか。
私の場合は、次の瞬間、雀が動き出しましたね。
そして、その次の瞬間に、この雀がどこからやってきて、
どう動いて、どこに飛び立っていったかという経路が見えてきます。
その瞬間に、描かれている紅葉や松といった植物が、
順番に、色濃くなり、さやさやと揺れ始めます。
そうして、一曲の屏風絵が、完全に現代のヴィデオのように、
動画と化します。。
完璧です。。
この完成度の高い崇高なエネルギーの移り変わりの美しさに、圧倒され唖然として呆然自失となり、見事な<仕掛け>の前に立ち尽くし、いつまでも、動きたくなくなるのです。。
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北斎の名前の由来は、「北斗七星」なのだそうです。。
日蓮宗の熱心な護持者で、ことに柳嶋妙見(法性寺)を深崇していたことに由来するという。妙見とは、すべての事柄を見通す力をつかさどった妙見菩薩のことで、北斗七星の化身とされる・・・中略・・・いつものように柳嶋妙見へ詣でた帰り道のこと、北斎は間近に落ちた雷に驚き、田んぼに転げ落ちてしまった。しかし、こののち彼の描く絵が売れ始め、妙見菩薩の霊験と信じた北斎は信仰心をいっそう篤くし手行ったという話しも伝えられている。
『もっと知りたい 葛飾北斎』永田生慈著より
そいうえば、以前友人と、北極星は、時代ごとに変化しているんだねと、盛り上がったことがあっったのです。。
そしてその時、友人が興奮して送ってくれたFXAの中には、「現在の北極星は、こぐま座(北斗七星)のポラリスだけど、1万2千年後(注:資料によって微妙に数字は違うようです)には、琴座のヴェガになるらしいです」とありました。。
また、ウィキペディアには「江戸時代大阪に、日本海の北回り航路で交易をしていた桑名屋徳蔵という北前船の親方がいた。ある夜留守を預かる徳蔵の妻は、機織りをしながら時々夫を思っては北の窓から北極星を見ていた。すると北極星が窓の格子に隠れる時があり、彼女は北極星は動くのではないかと疑いを持った。そこで次に彼女は眠らないように水をはったたらいの中にすわって一晩中北極星を観察して、間違いなく動くことを確かめた。帰ってきた徳蔵に彼女はこのことを告げ、この事実は船乗りたちの間に広まっていった。」とあります。。
<琴座☆>で、とりあげたロジャー・キーズ氏のご指摘に、微妙に連関するのかなと思いました。。つまり、江戸時代、家の中で機織をしながら、空の星を眺めるのは、一般的な慣習だったのかな、というかんじです。。とすると北斎が、その慣習をうまく使って、この絵で星に関連する何かを表現しようとしたという解釈は、的を得ているように思えてくるのです。。
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あはれとも 言ふべき人は 思ほえで
身のいたづらに なりぬべきかな
謙徳公(藤原伊尹)
この絵の解釈について、ロジャー・キーズ氏の見解というのが、
紹介されています。。
それによると、家の中にいる織手は、七夕のお話しの織女。。
織女星は琴座の主星ヴェガ。。
そして、この北斎の描く女達は、琴座の5つの星と同じ並び方であるという。。
また、糸巻きには、「三界唯一心」(=宇宙の現象は全て心の働きから生まれる)と「心外無別法」(=心の外にはなにものも存在しない)という言葉が書かれているそうです。。
「その糸巻きの部分は8つに分かれていて、仏教の八正道を表し、絵そのものが創造性と芸術の本質を表す寓意なのである」
[悟りを開いた仏陀が最初に行った説教である華厳経によれば、「心というものは、巧みな画家のごとく、全体を創造する。あまねき宇宙にわたり、意識より発生しないものはない」という]
・・・とあります。。
この方の、素晴らしい見解に感動しました^^!
なるほど、う~ぅ~むぅ~と感心しながら、よくよく絵を見ると、池の中には、睡蓮と思われる植物も描いてあることに気付きます。。
『百人一首うばがゑとき』より抜粋
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謡曲『蟻通』(ありどおし)は、鳥居の姿を気付かせるのがテーマである。
『雨夜の美人図』(鈴木春信の浮世絵)でも、「鳥居に気付いてくれ」という作者の願いが込められている。
『拷問図』(北斎の浮世絵)での葛飾北斎もまた「鳥居に気付いてくれ」との信号を、後の世の人に送ってきていると受け取れる。。
『北斎の隠し絵』荒井勉著より
北斎の話から、蟻通明神の話へと、繋がりました。
数年前のお話です。
とある神社の脇に、小さな祠(ほこら)があり、(それは、その神社の摂社だったのですが)その前で、「あ・り・と・おし・・・(中略)・・・あ・り・とおし」と、か細い声の主から、和歌とおぼしき、メッセージを受け止めたことがありました。
当時は、蟻通明神のことなど何も知らなかったので、調べてみて、その神社が、蟻通明神と呼ばれていることを知ったときは、驚きました。
そこは、先祖のルーツであったのに、そんなことは一度も耳にした記憶がなかったからです。。
謡曲『蟻通』は、和歌の徳を伝えた演目でもあるということです。
恥ずかしながら、そのような謡曲があるということも知りませんでした。
いつの日にか、鑑賞の機会をいただければ、ありがたいなと思います。。
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奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
声聞く時ぞ 秋は悲しき
猿丸太夫
『北斎百人一首 うばがゑとき』が届きました。。
古書店に、新品同様で発見。。
これは、北斎が、一首一首の和歌に絵をつけて、
絵解きした作品。。
しかし、錦絵だけなら、27点しかないそうです。。
それを出来うる限りの手を尽くして、
版下絵、肉筆画を含め集大成した出版物。。
それでも、11首は、該当する絵が見当たらないそうです。。
昔から、謎が多いとされる百人一首。。
この猿丸太夫の馴染み深い和歌に
絵をつけた作品が、先日の、北斎展に展示がありました。。
そこで、この歌の隠された意味を
みつけてしまった、ようです。。^^!
なぜ、「・・・悲しい」のか。。
北斎の絵の謎を読み解いていくと、
百人一首の謎も一緒に解けそうな気がしました。。
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先日、昨年に続いて、後期入れ替えの<北斎展>を見て参りました。。
前回H氏に教わったように、今回は、わき目もふらず、
順路を無視して、出口まで参りました。。
そして、順路を逆行するように、一つ一つ丁寧に
見て行きました。。
しばらくすると、ぐわわ~んと、
「解ってきた」ことが・・・。。。☆^^☆
おぉ~!っと、混雑する鑑賞者群の中で、
仲間に制止されながら、思わず叫んでしまうほど。。
やれやれ、とんでもない北斎先生の謎解きに
とうとうはまってしまいました。。
2008年は、北斎の話にはじまり、北斎の話に終わるかも・・・。。
少しずつ、続編を書いてみたいと思います。。
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